経済

第三の道(ブレアの路線)とは?イギリス労働党のブレア政権。

この記事では第三の道(ブレアの路線)について解説します。

政策や主義では二項対立で説明されることがよくあります。

資本主義と共産主義、民主主義と社会主義、大きな政府と小さな政府。

今回、解説する第三の道(ブレア路線は)それまでのどちらか一方に偏っていた政策の良い部分を取って、第三の道に進むという経済政策でした。

 

第三の道(ブレアの路線)とは?

イギリス労働党のブレア政権が採用した経済政策

第三の道(ブレアの路線は)市場の効率性を重視しつつも、国家が足りないところを補完して、結果の平等ではなく機会の平等を目指す路線です。

具体的には弱者の手当てをするのではなく、就労支援や公立校改革などを展開しました。

 

イギリスでは第二次世界大戦後から1970年代に至るまで「イギリス病」と呼ばれる慢性的な不況に苦しみます。

1980年代に入り就任したサッチャーは、小さな政府を目指して規制緩和や社会保障費の削減を行いました。

新自由主義経済政策です。

その結果、経済は回復しましたが、貧富の差は拡大して、若年層の失業問題、犯罪の増加など新自由主義の負の側面が顕在化してしまったのです。

新自由主義に関しては『新自由主義経済とは?わかりやすく解説。小さな政府が求められた。』の記事をご覧ください。

そのような中で1997年の選挙で労働党のブレアが政権を担当しました。

労働党が長らく政権を失っていたのは、労働党は大きな政府を目指す政策が多く、福祉国家路線により国民経済は増税による負担を強いられていたからです。

 

就任したブレアはそれまでの大きな政府路線を否定して、

「大きな政府」と「小さな政府」という二分法を乗り越えて、両方の良いとこどりをする政策を始めたのです。

つまり、それまでの社会民主主義路線に新自由主義の路線を部分的に取り入れた政策です。

かつてのケインズ経済学の完全雇用でもなく、サッチャーの新自由主義でもない第三の道と呼ばれたのです。

 

管理人
ブレアはそれまでの大きな政府の政策に小さな政府の考えを持ち込んだだね!

イギリスの労働党と保守党の違いに関しては、『イギリスの政党の歴史。トーリ党とホイッグ党から始まる二大政党制。』の記事をご覧ください。

大きな政府と小さな政府に関しては、『大きな政府と小さな政府の違い。メリットとデメリット。日本の場合など。』の記事をご覧ください。

 

第三の道(ブレアの路線)の具体的な内容

ブレアは保守党が重要視していた、所得税や法人税の軽減を継承します。

社会民主主義的な考えでは増税による福祉の充実が挙げられますから、保守党の減税を継承したのは画期的なことでした。

そして弱者を手当てにするのではなく、就労する機会を与えたり

官民が連携して公共サービスを提供するなどの政策を実行しました。

サッチャー時代の中央集権による反省を生かして、地方分権を推し進めます。

1999年には最低賃金法を導入しました。

 

しかし、ブレアがサッチャーの新自由主義を継承した事は労働党内で反発を高め

労働党の党員数は1997年の約40万人からわずか6年後の2003年には半数の20万人になってしまいます。

2001年のアメリカ9.11事件の報復としてアメリカはイラク戦争に突入します。

ドイツやフランスはアメリカに賛同しない立場を取りましたが、ブレア首相はアメリカを応援する立場を表明。

これが拍車となり、ブレアの人気は低下してしまいました。

 

管理人
一見、画期的に思えるけど労働党からは支持されなかったんだね!

 

まとめ

この記事では第三の道(ブレア路線)について解説しました。

それまでの新自由主義の政策を引き継ぎつつ、国家が足りないところを補完するという「保守ー労働」の二元論とは異なる新しい路線でした。

具体的には減税を継承しつつ、弱者には手当てするのではなく就労支援などを行う政策です。

 

 

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