民主主義

アメリカ合衆国憲法の制定とさきがけのバージニア憲法。

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この記事ではアメリカ合衆国憲法について解説します。

アメリカはイギリスの植民地でした。

イギリスからの重い税金に苦しんだアメリカの人たちは独立戦争を起こして、国家としては初めての成文憲法を制定しました。

今回はアメリカ合衆国憲法について解説します。

 

アメリカ合衆国憲法とは

1787年に採択され、翌年に発行された連邦憲法

アメリカ合衆国憲法は現行の各国憲法の中では最初の成文憲法です。

イギリスは不文憲法の国のためマグナカルタ権利章典などの歴史的文書やコモンローが実質上の憲法として扱われています。

アメリカでは文章として憲法を制定しました。

起草人はマディソン、ハミルトンが有名です。

アメリカは元々、イギリスから独立した州ごとの州政府でした。しかし、これでは大国イギリスに対抗できないという事で、

フェデラリスト(連邦政府派)が、合衆国憲法を推進しました。

1786年5月からのフィラデルフィア憲法制定会議を経て、1788年に9の州の承認を経て合衆国憲法が発効しました。

連邦制、民主主義、三権分立制を基本原理としています。

連邦制とは?

各州に大幅な自治を認めながら、強力な連邦政府を設置して国防や外交を担当する制度。

連邦制の定義は2つ以上の国または州が1つの主権のもとに結合して形成する国家

フェデラリスト(連邦政府派)に対して、アンチフェデラリスト(反連邦政府派)も存在しました。

各州よりも連邦政府を上に置くことは、連邦政府の権限を強めてしまうと彼らは考えたのです。

いわゆる小さな政府を推進する人達が、連邦制に判定して憲法草案に反対しました。

アンチフェデラリストの代表的な人物にはジェファーソンがいます。

 

管理人
ローズベルト大統領が4期連続で任期を務めたことから反省をいかして、1951年に3選禁止が憲法に盛り込まれたよ!

 

バージニア憲法(バージニア権利章典)

1776年に起草されたアメリカ合衆国バージニア州の憲法

アメリカ合衆国憲法が1787年に採択される10年ほど前に、バージニア州では

基本的人権の保障を宣言した世界最初の成文憲法ができました。

バージニア憲法はアメリカ独立宣言の生みの親になった存在と言われています。

独立宣言の父として知られるトマス・ジェファーソンは、当時バージニア州の政治家として活躍していたジョージ・メイソンの宣言の影響を受けました。

アメリカ合衆国憲法の大部分を起草したマディソンもバージニア州出身です。

バージニアとは英語で「最初の」を意味するVirginに由来しますが、その後多数の大統領を輩出する州となりました。

 

管理人
バージニア州はイギリス人が最初に入植した場所でもあったんだね!

 

まとめ

この記事ではアメリカ合衆国憲法について解説しました。

アメリカ合衆国憲法は連邦制、民主主義、三権分立制を基本原理としている憲法で

初の成文憲法となっています。

さきがけて基本的人権の保障を宣言したバージニア権利章典は、合衆国憲法制定の10年ほど前に出されました。

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