経済

株式会社制度の歴史と仕組み。独占資本主義経済への発展のきっかけ。

投稿日:

この記事では株式会社制度の仕組みと歴史について解説します。

イギリスの産業革命はワットの蒸気機関の改良により生産形態が手工業から機械へと急速に変化しました。

技術革新により社会の仕組みをも変革してしまったのです。

産業革命では産業資本家は1人のお金では賄いきれない巨大資本を必要としました。

こういった背景から株式会社制度が発展したのです。

そして株式会社制度は現代社会でも資本集中という機能をフルに発揮して巨大化して、社会に必要不可欠なものとなっています。

今回は株式会社制度の仕組みと歴史について解説します。

 

株式会社制度の歴史

1602年のオランダ東インド会社が始まり

17世紀のイギリスやオランダは重商主義政策を取っており、輸出をとにかく増やして輸入を減らすことで海外から金銀を蓄積していました。

金銀こそが国の富になるという政策だったのです。

こうした重商主義の中心的な役割を果たしたのが東インド会社です。

 

当時、東インド会社は船を作り、香辛料を求めて東南アジア方面に買い付けに行っていました。

しかし今から400年以上前の出来事です。

航海技術も発達していないような時代に未開の地に行って、戻ってこなければならないというのはリスクが非常に高いビジネスでした。

また、船を用意して、行って帰ってくるのは多額の資金が必要です。

そこでオランダの東インド会社は、貴族などの富裕者からお金を出してもらうことにしました。

これが出資という概念を生み出します。

1人の人間が船の航海にかかるお金をすべて出資する事は困難なため、複数の人達が小口に資金を出し合うことができるようにしたのです。

そうすることで多くの出資者が集まるようになりました。

少額の投資であれば、仮に東南アジアへの航海の旅が失敗に終わっても1人の出資の損失は限定的になります。

これが有限責任という概念を生み出します。

一方、船の旅が成功すれば莫大な利益を得ることも可能になったので、出資者が多く集まったのです。

出資者は資金を提供した証拠として証券を受け取りました。これが株主という証明になったのです。

株主の仕事はお金を出すだけではなくて、優秀な船乗りを探して航海を任せることです。そして航海の目標を話し合ったり、現地での商売を任せる人達(=経営者)などについて話し合いを行いました。

これが株主総会という概念を生み出します。

そして、実際の航海は船乗りたちに任せて、無事に帰還すれば彼らに報酬を支払い、儲かった利益は出資した金額に応じて山分け(=配当)を行いました。

 

これが「所有と経営の分離」の始まりになります。

日本は伝統的に経営者=株主というオーナー企業が、中小企業やスタートアップ企業の間では多いですが、

北米では出資を受けてビジネスをスタートさせる風土があります。

これは文化の違いによるものですね。

 

管理人
香辛料を求めた旅が株式会社のはじまりなんだね!

 

株式会社の発展

冒頭にも上げた通り、株式会社制度は産業革命時に大きく発展します。

産業革命はワットの蒸気機関の改良により機械の導入が急激に加速しました。

それまでの往復運動の蒸気機関から円運動するものに改良されたため、様々な機械に蒸気機関が導入されました。

それに伴い、それまでの工場制手工業(=手作り)から工場制機械工業へと発展して、大規模な生産を行うやり方に変貌しました。

 

工場制機械工業では、個人の資金ですべての機械を導入する事は難しいです。

東インド会社の例のように、投資家から資金を小口にして調達して事業を行う形態が一般的になりました。

1830年代には鉄道業を中心に株し会社制度が定着するようになり積極的な資本の調達が一般的になります。

 

実はイギリスではそれまで株式会社の設立は禁止されていました。

1602以降に株式会社の概念がスタートしましたが、その頃は「1回の船旅」の度に株式会社を作って収益をすべて投資家に戻す1回こっきりの会社だったのですが、

1637年にクロムウェルが会社い出資金をそのまま残して配当のみを分配する仕組みを整えたのです。

これにより会社は永続企業となり株式会社制度の礎となり、資本の蓄積が起きました。

しかし、1700頃に入ると株式会社設立の大ブームが起きて投機的な側面が出てしまいます。

つまり、投資家は『株式会社に出資さえすれば儲かる』と見込んで莫大な資金を投入するようになってしまったのです。

1711年には中南米と独占的な奴隷貿易を行っていて南海会社による株価の高騰をきっかけに、バブルがはじけます。

この反省を生かして、イギリスでは株式会社の自由な設立は100年近く禁止されていたのです。

 

しかし、産業革命時には自由主義や経済発展の見込みも後押しになり、

1844年には登記法が制定され、事実上、誰でも株式会社を設立できるようになりました。

1855年には有限責任法、1862年には会社法が制定され、近代的な株式会社制度が出来上がっていきます。

 

この制度変革により資本主義経済は独占資本主義の段階へと変貌していきました。

独占資本主義とは少数の巨大資本とそのグループが、国民経済全体を支配している経済の事です。

特に顕著なのが銀行業でした。

 

管理人
産業革命時に株式会社は発展していったんだね!

 

 

まとめ

この記事では株式会社の歴史と仕組みについて解説しました。

株式会社は1602年の東インド会社からスタートしましたが、当初は1回の船旅の度に出資を募る

1回きりの会社でした。その後クロムウェルが会社に資本を残しておいて配当だけ出す制度を導入して株式会社はブームになりますが、

南海バブル事件でバブルが崩壊。イギリスはその後100年近く株式会社の設立が自由にはできませんでした。

産業革命により工場制機械工業に切り替わると、鉄道業を中心に株式会社制度が一般化しました。

しかし、株式会社制度が一般的になると資本が集中して銀行業を中心に資本主義経済は独占資本主義へと変わっていくのでした。

 

-経済

Copyright© 政治経済をわかりやすく , 2019 All Rights Reserved.