憲法

マッカーサー草案とは?日本の政府が憲法改正案を第90帝国議会にて可決

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この記事ではマッカーサー草案と憲法改案について解説します。

戦後の政治面での最重要事項として憲法改正がありました。

1945年10月にして幣原喜重郎内閣は憲法問題調査委員会を設置して、GHQに憲法の草案を提出しましたが、

大日本帝国憲法と何ら変わらず天皇主権の憲法案であったたため、

マッカーサーはGHQ民政局に憲法草案作成を指示しました。

これがマッカーサー草案(GHQ草案)です。

 

マッカーサー草案(GHQ草案)とは?

アメリカ合衆国憲法や各国の憲法、民間から提出された憲法草案要綱を参考にしてGHQが作成した憲法草案

マッカーサー草案はわずか10日ほどで作成されました。

1946年2月3日にマッカーサーは日本に新憲法の草案を作成を任せていては埒が明かないとして、

GHQ民政局に憲法草案作成を指示します。

その際に、マッカーサー三原則と呼ばれる、天皇は国家元首、戦争の放棄、封建制の廃止の内容を盛り込むように指示しました。

 

この原則を受けてGHQ民政局は各国の憲法や

日本の民間から提出された憲法草案要綱を参考にして、憲法の草案作成に着手しました。

1週間後の2/10には92条からなる草案がマッカーサーに提出され、マッカーサーにより一部修正されたのち、

2/12に日本政府に提出されました。

 

マッカーサー草案は国民主権を原理としていて、戦争放棄、基本的人権の保障を定めたもので日本国憲法の原型となっています。

 

管理人
極東委員会に天皇の廃止を要求される前に急いで作成したんだね!

 

第90帝国議会にて可決

戦後すぐに開かれた1つ前の帝国議会では、様々な戦後改革が決定されましたが、

政治面での1番の変化は女性を含めた満20歳以上の国民による選挙が決定されたことです。

戦前は男子にのみ選挙が限定されていて女性に参政権はありませんでした。

第89帝国議会では女性の参政権が認められたのです。

 

第90帝国議会は1946年4月に選挙が行われましたが、女性を含めた満20歳以上の国民により選ばれた

最初の民主的な普通選挙だったと言えます。

そして6月に開かれた第90帝国議会にてマッカーサー草案を原案として日本政府が取りまとめた憲法改正案が上程されました。

上程とは?

読み方:じょうてい。議案などを議会にかけること

この議会で憲法改正案が審議され可決されたのです。

衆議院での活発な議論の末、圧倒的多数で憲法案は可決されました。

 

反対はわずか8票でしたが、多くは共産党員の反対であり、主な反対理由は天皇制が温存された事だったそうです。

 

管理人
占領中も帝国議会は開かれていたんだね!

 

まとめ

この記事ではマッカーサー草案と憲法改正案について解説しました。

マッカーサーはGHQ民政局に指示を出してからわずか10日ほどで憲法草案が作成されました。

民間から提出された憲法草案が大きな影響を及ぼしたとお言われています。

憲法は若干の修正を加えられて第90帝国議会にて民主的に決定されました。

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