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国家総動員法と大政翼賛会とは?わかりやすく解説。軍国主義への道

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この記事では国家総動員法と大政翼賛会について解説します。

五・一五事件にて首相の犬養毅が暗殺され、それまで続いた憲政の常道が終わり、二・二六事件をきっかけに日本はいよいよ軍国主義の特色が強くなっていきました。

1931年の満州事変の頃から軍部の独走を政府は抑えることができず、軍部が政権を掌握する日は遠くなかったのです。

今回は日本の軍国主義を補完する法律の国家総動員法と体制の大政翼賛会について解説します。

 

五・一五事件と二・二六事件に関しては『五一五事件と二二六事件についてわかりやすく解説。憲政の常道終了と軍国主義へ』の記事をご覧ください。

 

国家総動員法とは?

総力戦遂行のために、政府が人的、物的資源を統制運用できるを規定した法律

国家総動員は1938年の第1次近衛文麿内閣の時に制定されました。

 

日本では第一次世界大戦の教訓で「戦争における勝利は国力のすべてを軍需につぎこむ必要性」が強く意識されていました。

国家総動員法の前段階として1918年には「軍需工業動員法」という法律が制定されて、戦時ではなく平時に軍事産業を政府が保護して、戦争に必要なものを備えていました。

保護した産業に対しては政府が戦時に利用できるように法整備を整えていたのです。

 

1937年に入ると日中戦争がはじまります。

日中戦争の長期化を予想した政府は総力戦のために国家総動員法を制定しました。

国家総動員法は一言で言うと、ヒト・モノを制限統制する法令を議会の承認を得ずに勅令として出せるというものです。

 

勅令とは?

天皇が直接発する命令のこと。

 

国家総動員法に基づき、勅令として出されたのは国民徴用令,生活必需物資統制令,価格等統制令,新聞紙掲載制限令などがあり、

経済だけではなく、文化や言論など国民生活の隅々にまで国家統制が及ぶ事となりました。

政府はこの勅令により国民が強制的に戦争に関わる仕事に就かせたり、物の価格を決めたりできました。

 

管理人
戦争への総力戦に向けて国家総動員法が制定されたんだね!

 

大政翼賛会とは?

1940年に第二次近衛内閣が新体制運動を推進するために結成した国民組織

大政翼賛会は日本の政党をすべて解散させて新しくできた公事結社です。

公事結社とは政治に関係のない公共の利益を目的とするための結社のことです。

 

大政翼賛会の大政とは「天皇による政治」という意味で翼賛会の翼賛は「助ける」という意味です。

天皇を中心とした独裁政治のための大政が大政翼賛会でした。

新体制運動とは?

1940年の近衛文麿らが中心となって推進された全体主義体制づくりのための国民組織運動。

ドイツのナチスにならって一国一党や挙国一致の政治体制樹立を目指しました。

近衛文麿は日中戦争を戦い抜くためには、政府と国民が一体となって戦うしかないという事で新体制運動を推し進めたのです。

 

 

大政翼賛会はトップに内閣総理大臣。

その下に中央本部事務局、道府県支部、市区町村支部、そして町内会という組織が存在していて国民全員が大政翼賛会に参加していました。

つまり、国全体で1つの組織を作るというのが大政翼賛会です。

内務省主導の上意下達の国民の戦時動員体制を担う機関だったのです。

 

管理人
戦争のために国の組織を1つにまとめあげたってわけだね!

 

まとめ

この記事では国家総動員法と大政翼賛会について解説しました。

国家総動員法とは戦争のためにヒト・モノすべてを政府が統制運用できるための法律でした。

大政翼賛会は戦争のために総理を中心とした国全体の1つの組織の事です。政党はすべて解散させられました。

日本は軍事力を国家の中核として政治、経済、教育に至るまで軍国主義のイデオロギーが浸透していましたが、

これらの法律や体制は軍国主義の色合いを強める施策だったのです。

 

軍国主義に関しては以下の記事をご覧ください。

軍国主義とは?帝国主義との違いをわかりやすく解説。ファシズムへの道。

 

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