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軍国主義とは?帝国主義との違いをわかりやすく解説。ファシズムへの道。

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この記事では軍国主義について解説します。

大正デモクラシーにより「衆議院議員選挙の第1党の党首が内閣総理大臣を務めるべき」という憲政の常道が確立しました。

しかし、度重なる金融恐慌や世界恐慌の影響で議会政治を無視した軍の暴走が続き、

1932年の五・一五事件により首相の犬養毅は暗殺されてしまいます。

これを機に軍事力が国家の中核となる、軍国主義へと突入していくのです。

 

軍国主義とは?

軍事力を国家の中核として、政治、経済、教育などをこれに従属させようとするイデオロギーや体制のこと。

日本の軍国主義は1936年の二・二六事件以降に軍部が政権を掌握した頃から確立していきます。

陸軍、海軍出身の高級軍人が政治権力を奪うようになりました。

軍事力がすべてであり政党政治を否定して、経済も自由主義に任せるのではなく統制経済を行うことが軍部の方針だったのです。

 

1935年には岡田内閣は、天皇に絶対服従しなければならないという国体明徴声明を出して、全体主義の思想を植え付けていきます。

このころから軍国主義に突入していく事になりました。

 

1937年の日中戦争の開始以来、1938年の国家総動員法によって統制経済体制が確立しました。

国家総動員法とは?

第1次近衛文麿内閣によって議会を通じて制定された法律。

戦争の総力戦遂行のために、政府がすべての人的、物的資源を統制運用できることを規定した法律。簡単に言えば、政府は議会の承認なしに好きに人や物を動かせるという法律です。

 

1940年には大政翼賛会や大日本産業報国会による政界、労働界の支配も行いました。

その結果、1941年の太平洋戦争へと進んでいきます。

 

日本の軍国主義はイタリア・ドイツのファシズムに多くの共通点を持っています。

ファシズムに関しては『ファシズムとは?簡単にわかりやすく解説。イタリア、ドイツ、日本など。』の記事をご覧ください。

 

管理人
軍国主義とは軍部の支配よる国家体制の事なんだね!

 

帝国主義との違いは?

軍国主義は1930年代の軍部による政治勢力が、軍事力を国家の中核とすることと説明しました。

そのため、政治、経済、教育、国民の生活の隅々に至るまで軍国主義の影響が及びます。

 

一方の帝国主義は、一般的には

独占資本主義が発達した先進国が植民地獲得に向けた政策

と定義されています。帝国主義を最初に定義したのはロシアのレーニンによる「帝国主義論」でした。

レーニンは資本主義の最終形態が帝国主義だと定義しています。

もっと広い意味では自国の利益や領土を拡大するために、政治経済、軍事の面で他国を侵攻することを帝国主義と言います。

 

独占資本主義とは経済を自由主義に任せたイギリス、フランス、アメリカなどの国で

資本主義の発達の段階で資本の集中が起こり、銀行や大企業が次々と巨大化したことです。

19世紀後半のイギリスから独占資本主義が始まりました。

これらの国は植民地拡張の政策を取りました。これが帝国主義という政策です。

 

日本のような独占資本主義がイギリスやフランスより遅れた国は、

欧米列強に追いつく形でアジアを侵攻しました。これが日本帝国主義です。

 

広い意味ではレーニンによると帝国主義は「資本主義の最終形態」と定義されているので、

明治維新以降の殖産興業や富国強兵から始まり、日清戦争、日露戦争に始まり一連の戦争から帝国主義が始まったとされています。

これは戦争の勝利により領土の拡大が目的とされていたからです。

日本帝国主義が最高潮に達したのは1930年以降の日中戦争からで、大東亜共栄圏や皇民化教育と言えます。

日本はアジア諸国を侵攻して、日本と同じ教育を受けさせようとしました。

 

管理人
帝国主義とは植民地獲得が特徴なんだね!

 

まとめ

この記事では軍国主義と帝国主義について解説しました。

軍国主義とは1932年の二・二六事件以降、軍部が政治権力を掌握して、軍事力を国家の中枢に置いたことです。

政治だけでなく、経済や教育など国民生活の至るところまで軍部の影響が及びました。

帝国主義とは主に植民地を拡大することで、レーニンは資本主義の最終形態と定義しています。

日本の帝国主義は明治維新以降から第二次世界大戦まで続いたと考えられています。

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