憲法

外見的立憲主義とは?明治憲法はプロイセン憲法を習った欽定憲法。

この記事では外見的立憲主義について解説します。

近代的な立憲主義では人が生まれながら持つ権利、つまり基本的人権を尊重する憲法となっています。

国家は個人の私的領域を確保するために、国家が存在するという考えで、

国家権力を抑制するために憲法を制定するという認識があります。

今回、紹介する外見的立憲主義は「外見的」という言葉がポイントとなっています。

 

立憲君主制については『立憲君主制とは?わかりやすく解説。共和制との違い。戦前の日本も立憲君主制。』の記事をご覧ください。

 

外見的立憲主義とは?

表面上は立憲主義の形態をとっているかに見えるが、実際には立憲主義を否定する統治形態

 

イギリスやフランスの革命では市民が立ち上がり、王様を倒すという形式の革命が起きました。

そのため、人権の保障や権力の分立などが求められたのです。

国家からの自由を求めた国民は人が生まれながらに持つ権利、基本的人権を保障する憲法を求めて、議会を制定しました。

また王様に権力が集中した事を反省して、立法、行政、司法の権力分立を理想としたのです。

 

一方、日本の明治維新は市民が革命を起こしたわけではなく、ある程度の権力を持ったいわば統治者側が政権を倒すというものでした。上からの改革と言っても良いでしょう。

そのため、欧米諸国に追いつくためには中央集権的な君主制が適していると考えられたのです。

つまり、旧体制の機構を温存する事が外見的立憲主義の目的でした。

 

ドイツのプロイセン憲法も人権保障と権力分立を形式的には謳いつつも、

君主制を維持するために国家権力を強くする外見的立憲主義でした。

日本もドイツのプロイセン憲法に倣い、天皇を中心とする立憲君主制の憲法を制定しました。

大日本帝国憲法に関しては、『大日本帝国憲法の特徴をわかりやすく。伊藤博文はドイツ憲法を参考にした。』の記事をご覧ください。

 

君主の権威により制定された君主主権の憲法を欽定憲法と言います。

 

管理人
立憲主義ではあるけれど、人権保障や権力の分立はされていないって事なんだね!

 

まとめ

この記事では外見的立憲主義について解説しました。

ドイツ帝国や明治維新は市民からの革命ではなく上からの革命であったため、

今までの権力や体制を維持するためにも君主制は優れていました。日本では天皇を神としてすべての権利を有する者としたのです。

外見的立憲主義とは表面上は立憲主義を取っているけれど、

実際のところは絶対主義的君主制の形を取っているとも言えます。

 

大日本帝国憲法においては天皇がすべての権利を有していて、天皇大権と呼ばれる絶対的な権限を持っていましたが、実際のところは有名無実でした。

天皇を君主としてあがめて、政治運営はもちろん政治家が行っていました。

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